昨年来より錦鯉に新しい穴あき病が散発し愛好者、業者、生産者を悩ませております。 従来の水産用医薬品だけでは対応できず、動物用医薬品の使用が必要となってまいりました。 これらの使用に当たっては獣医師の診察、指示書が必要です。 しかしながら、錦鯉に詳しい獣医師が少ないのが現状ですが、ここに小熊獣医師(新潟県小国町で開業)のご厚意によりこの病気についての研究成果を以下に掲載いたしました。 掲載者:(miyakoya@echigo.ne.jp)

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魚病学講習資料 新しい型の紅斑性皮膚炎(穴あき病)について
獣医師:小熊俊寿

1997年
(社)新潟県獣医師会


新しい型の紅斑性皮膚炎(穴あき病)について (獣医師:小熊俊寿)
 獣医学教育が6年制となり、魚類の疾病とその病理及び治療についても学んでいる。また県獣医師会が主催した魚病講習会にも多くの会員が受講した。しかしこの度錦鯉の皮膚病(紅斑性皮膚炎)が散発し、多数の方より相談があったのでこの疾病に関与している会員の方々の意見を簡潔にまとめ、特に皮膚病と関連性のある要点事項についてお知らせする。

環境
 環境水について調査すると観賞用として飼育されている錦鯉は陸上動物とは異なり、 生存に必要な水中溶存酸素が過密飼育や飼料の多給による排泄物の増加によりやや不安定になっている池を時々見受けた。 そのため常に人工的な水の循環浄化装置により瀑気やエアーレーションを行い、 生活に必要な酸素を補給しながら飼育されているものが大部分であった。 また快適な環境水の「pH」は6.8~7.2位といわれているが昨今の降雨は酸性雨にして、調べてみると5.2~5.4を示している場合が多い。 そのため「pH」の調整をカキガラや多種類の石灰製剤によって行われていた。 鯉は変温動物であり、水温の高い20℃以上の時は食欲旺盛にしてその消化力も高いが水温の低下と共に消化力が衰えてくる。 飼育者が備蓄エネルギーの増加と増体重のために、秋頃になっても尚、脂質や蛋白質の多い飼料給与を続けていた例では、肝膵臓や腎臓に対して負担が重くなり、後日になってからそれらの臓器が機能減退症となって発病しているものも見受けられた。 このように水質の悪化と飼料の過給与は間接的には本病との関連性があった。

皮膚
 鯉の皮膚は表皮、基底膜、真皮により形成されこの部分には感覚器官があり、水温の変化、震動等を感知し、これらに対し速やかに対応する生理機能がある。 また粘液細胞(体表粘液)は表皮の最外層部に位置し、この粘液は主として「ムコ多糖類」よりなり、上皮細胞や杯状細胞より分泌されている。 この粘液中には溶菌性のあるリゾチームや抗ウイルス性のインターフェロン等の物質が含有されているので、特に鯉の細菌性疾病防御機構として大きな役割を担っている。 体表粘液の分泌状態は「健康のバロメーター」にして正常な時なは分泌量が多く、触診時滑走感(つるりとした感じ)が著明である。やや不健康の時は分泌量も減少し滑走感も薄れる。 更に体調が悪い時(食欲不振)は分泌量が微少となるため肌は荒れてザラザラとした感触を受けるようになる。 その時頭部付近の表皮が赤い部分では粘液がやや硬化して乳白色に見える。このような時は病状が進み重傷であることを示している。 鯉の抗病性を高めるためには8月下旬の頃より「βカロチン」の含有量が多く、また鯉が好食するカボチャ、サツマイモ、新米のくずごめ、及び大根菜等を煮沸して与えると皮膚粘液中の「防御物質」が増加し、病気予防のためによいといわれている。

皮膚寄生虫
 また皮膚に寄生する害虫が多種類確認されている。現在一番被害の大きいのは「イカリムシ」(レルネアサイブレナシア)にしてその名の如く成虫の体形は船舶の錨に似ていて体は細長く、体長は約1.2cm位にして鉤部は深く皮膚に浸入している。 「ウオジラミ」(アンゴロジャポニカ)の体形は偏平にして体長は約0.5~0.7cm位である。繁殖力旺盛にして特に石やコンクリートの池では駆虫作業を怠るとたちまち大増殖するので、鯉は吸血されて急速に衰弱し死亡する例もあるので必ず初夏には駆虫する事。 その他肉眼では見えないが多種類の原虫が寄生しているのが原因で鯉が急に元気がなくなり水圧の少ない水面付近を浮遊するようになる事がある。 このような時には体表粘液を鏡検する必要がある。殆どの場合さまざまな原虫が動いているのを観察することができる。また細菌性疾病も多くあるので、鏡検と同時に体表患部の粘液を採取して細胞を培養し、薬品の感受性検査を実施することが、獣医師として正しい病気診断をするための必須事項であるので、陸上動物と同様に対処して下さい。
 昔からの諺に「人間の病気は口から入り易い」といわれていますが鯉の病気は皮膚より始まる事が多いので、皮膚の観察(人間では顔色)を常に行い、その変化に対して速やかに対応することが鯉の病気の早期発見と早期治療であることを再確認して下さい。

以前の紅斑性皮膚炎
 紅斑性皮膚炎(穴あき病)は1970年頃より錦鯉の産地及び愛鯉家の池で散発し、鯉の伝染病として騒がれ、その後細菌検査により主原因菌はエロモナスサルモニシーダであることが確認され、水産用医薬品の処方により制圧され20年余りを経過してきた。 その症状は表皮の一部が発赤腫脹し次第に患部中央部より表皮・筋肉、時には骨までもが細菌の毒素により溶解してくる。 そのため皮膚には陥没部を生じるので俗に「穴あき病」と呼ばれるようになった。 以前に流行した時の患部は、主として体側部だけの症例が多かった。 潰瘍を形成した部分からは体液(血液及びリンパ液)が常に浸出しているので順次衰弱、削痩の状態となる。 治療方法はサルファ剤及びテトラサイクリン製剤の内服、及び薬浴、また患部にはポピンヨード剤を塗布してから自然池(土池)に放流すると、比較的短時日で治癒したようであった。 土壌中には「粘土コロイド」があり、また病原性微生物と土壌微生物との「拮抗作用」で水中のエロモナスハイドロフェラーの繁殖が抑制されたとの学会報告もある。 これらの相乗作用により外傷の回復が促進される効果がある。外傷治療のためには半濁水の自然池の方が透明な水を湛えたコンクリート池や水槽よりも早く回復した症例が多かった。

現在の紅斑性皮膚炎
 この度の皮膚炎は以前と同様の症状のものもあるが、体側をはじめ各部の鰭、口唇部、鰓部、及び下腹部等にも発赤部(患部)が認められている。 また肝膵臓や腎臓が機能減退症となっている時は僅かな外傷やイカリムシの刺傷部より浸入した細菌がこれら臓器の炎症を起して腫脹し、更に腹水症となり、外観的には立鱗症(松かさ症)となり眼球が突出している症例も多数見る事ができた。 このように腹水症となったものは極めて重傷にして余命は数日である。死亡鯉を解剖すると腫脹している臓器より病原菌に類似した細菌も発見されている。

治療薬品
 この新型皮膚炎は1995年頃より国外でも発症し、すでにアメリカではエロモナスハイドロフェラーとエロモナスサルモニシーダ両種のワクチンが製造され、薬効があるとの報告がある。 日本の各地でも一斉に散発しているようで、若干数ではあるが、各地域で採取した細菌の薬剤感受性検査を行った所、意外にもその感受する薬品の種類に差異のあることが明白となった。 また不思議な事は昨今まで水産用薬品として多年の亘って使用してきたオキソリン酸製剤、ニフルスチン酸製剤、及びテトラサイクリン製剤に対して薬効が極めて軽微、若しくは無効となっていることが共通点であった。 その反面感受性の高い薬品は動物薬のアミノグリシッド系製剤、クロラムフィニコール、及びニューキノロン系製剤です。ニューキノロン系製剤を処方することについては製薬会社から「本剤は第一選択薬が無効は症例にのみ使用する事」と明記してありますので、初診時に必ず薬剤感受性検査を行い有効と思われる薬剤を先ず処方する事が望ましい事です。 現在治療薬として有効と認められて処方する薬剤は動物薬が主流です。そのため水産用薬品として承認を受けていないので、獣医師個人の判断で処方量や期間を飼育者に指示するのが原則となっています。 また「承認外の薬品使用については製薬会社では万一事故があっても絶対に責任を負わない」ので病鯉への投薬、注射、及び指示書の発行に際しては慎重に行って下さい。 鯉の細菌性疾病はすべて伝染病です。感染防止のためには陸上動物と同様に対処して下さい。そのためには手指消毒槽の設置、器械器具、ゴム長靴等の専用品使用、鯉の隔離水槽設置、汚染水の消毒及び排水等について注意しながら実施して下さい。
 なお汚染水の消毒には通常1PPM位の塩素液(水1tに対して薬品1g)で24時間(1日)経過すると、大部分の病原性細菌をはじめ他の生物も死滅する。その後鯉を放流するためには残留塩素量を確認する必要がある。 そのためには簡易なパックテスト器具もある。また不安な時には中和剤のチオ硫酸ソーダを2~3PPM位使用すれば安全である。
 注)通常の水道水は塩素量0.1PPMであり、0.2PPM以上では鯉は中毒のため死亡するので要注意。

薬用量
 初診時に患部の大きさと鯉の衰弱程度とをよく観察した上で薬用量や注射回数を決めなければならない、また患部よりの失血により血中の電解物質が不足となり想像以上に衰弱している事が多いので補助療法として、まず補液剤の注射と同様の効果があるリンゲル浴、あるいは0.5%食塩浴を実施した方がよい。 また病状によっては強肝剤、増血剤、及びビタミン剤を併用すると病状の回復を早めることができる。 薬効を知るため陸上動物では検温するが鯉は検温ができないので、食欲、行動、震動や音響に対する感応、皮膚の光沢、特に体表(皮膚)の白い部分をよく観察すること。体調の悪い時は充血のため発赤が続いている。
 患部の発赤腫脹している部分が順次退色するのは好転の微候です。
 鯉に処方する薬用量の基準は猫です。今まで多数の鯉に実験的に腹腔内注射を実施したが異常の報告はないので次に記載した量を参考として下さい。

(注射薬)
腹腔内注射(腹鰭の付け根無鱗部)
薬品名体重・一回量期間
ニューキノロン系2.5%注射液1Kg/0.2~0.3ml3~5日間注射
ニューキノロン系5%注射液1Kg/0.1~0.15ml3~5日間注射
硫酸カナマイシン注2501Kg/0.2~0.3ml3日間注射
注)ニューキノロン系薬品にはエンフロキサンシン、ジフロキサシン及びダノフロキサシン等がある。

(内服薬)
経口投与(ニューキノロン系飼料添加剤)
薬品名体重・一回量期間
ニューキノロン系2.5%液1Kg/0.2ml5~7日間注射
ニューキノロン系25%液1Kg/0.02ml5~7日間注射
注)内服薬の効果を高めるためには、投薬予定前1~2日間絶食とする。また平常の2割位を減量した乾燥飼料に薬液をしみこませる。 その方法は飼料に対して薬品の溶解液を含め10%位の水分が必要である。さらに嗜好性を高めるための蜂蜜(砂糖類)をうすくコーキングしてから投与する。毎日調整。

(外用薬)
ポピドンヨード剤とグリセリンの等量混合液
クリーンナップとグリセリンの等量混合液
注)薬液塗布の直前に患部の水分を脱脂綿で吸着後速やかに薬液を塗布し、10秒後に水中に放す。
 注射の都度実施-3回で好転。注射、及び薬液塗布等の処置を行う時は、水でぬれているポリ袋内が安全である。

症例
  1. ニューキノロン系2.5% 注射液 K/0.3ml 3日間実施、15日後再発行する。その後、硫酸カナマイシン注250 K/0.15ml 3日間実施、治癒
  2. ニューキノロン系2.5% 注射液 K/0.3ml 3日間実施、土池に放流 15日後検査、患部は退色縮小している、治癒。
  3. ニューキノロン系2.5% 注射液 K/0.3ml 3日間実施、病鯉と同居。10日後、患部は転位、再発症している。
    注)予定の注射量を実施した後は早目に土池に放流したほ方がよい。
  4. ニューキノロン系2.5% 注射液 K/0.3ml及び硫酸カナマイシン注250 K/0.15mlをそれぞれ(禁混合)2日間腹腔内注射。また外用薬塗布も2回実施後土池に放流。15日後調査、患部退色縮小、治癒。
  5. クロロマイセチンに高い感受性のある例では、外用薬を塗布し、クロマイ100PPM7日間薬浴(水が白濁したので土池に放流)患部は退色縮小した。
    注)プロピレングリコールにクロロマイセチン10%溶解液使用。
  6. 硫酸カナマイシン(内服用カプセル)40PPM 3日間薬浴、効果はない。

鯉の標準体重早見表
体長cm体重g体長cm体重g体長cm体重g
8-10cm15g20-25cm200g40-45cm1100g
10-13cm45g25-30cm350g45-50cm2000g
13-15cm70g30-35cm600g50-60cm4000g
15-20cm100g35-40cm800g60-70cm7000g
給飼量は水温や年令により差がある。体重の1%位大型鯉。3%位小型鯉。
体長40cm以上は実測した方がよい。

演題名: 新しい型の紅斑性皮膚炎(穴あき病)について・薬剤感受性検査比較表(紅斑性皮膚炎)

演者氏名:小熊俊寿(新潟県 開業獣医師)


 鯉の紅斑性皮膚の原因菌については数種類が関与しているが、特にエロモナス・ハイドロフィラとエロモナス・サルモニシダとが病巣部より多く検出されている。
 またサルモニシダ属を細別すると亜種として、サルモニ、アチロミギニス及びマソシダの三種類も証明されている。
 演者は菌種に関係なく、15ヵ所より提供された50尾の病鯉患部より採取した細菌に対して、薬剤感受性検査を実施したところ、僅かではあったが地域により差異のあることを認めた。
 いずれの症例にもニューキノロン系、アミノグリシド系及びクロラムフィニコール等の薬品に高い感受性を示していた。
 15例中"++"以上を示した薬品はニューキノロン系全例(100%)、カナマイシン9例(60%)、クロラムフィニコール6例(40%)。また、"+"以上示した薬品はカナマイシン全例(100%)、クロラムフィニコール13例(87%)。また他の薬品で"+"を示した症例はスプレプトマイシン6例(40%)、リンコマイシン1例(7%)、オーレオマイシン1例(7%)、オキソリンサン1例(7%)であった。
 また病鯉に対して適当と推測できる薬品を種々の濃度と投薬方法で処方した結果1ヶ月後には治癒と判定できた症例もある。
 土壌中には土壌菌が多く存在している。これら土壌菌と皮膚の病原性細菌との間には拮抗作用があり、時にはエロモナス・ハイドロフィラの病的活動が抑制されるとの学会報告がある。
 また土壌中には粘土コロイドを含有している。特に半濁水となっている赤土池(自然池)の中には多くあり、これら土壌菌の拮抗作用と相乗効果により外傷が、透明な水を湛えた水槽や池よりも早く回復した症例が多くある。
 そのため皮膚病に対しては所定の治療後は速やかに鯉を自然池に放流した方がよい。治療薬品のエンロフロキサンキンについては症例報告があるので、演者が調査したカナマイシン及びクロロフィニコールの薬効があった処方例について報告する。

  1. インロフロキサンシン2.5%注 K/0.3ml及びカナマイシン250注 K/0.2mlをそれぞれ2日間腹腔内注、外用薬も併用。
  2. カナマイシン250注 K/0.2ml 3日間腹腔内注、外用薬も併用。
  3. クロラムフィニコール7%注 K/1.5ml 3日間腹腔内注、外用薬も併用。
  4. クロラムフィニコール100PPM 3日間薬浴。(他剤の混入禁止)
  5. カナマイシン(内服用カプセル)40PPM 7日間薬浴。 薬効は少ない。